清水晶子
「トランス女性は女性だ」が意味するのは、例えば外国籍の女性も日本国籍の女性も女性であるように、黒人の女性も白人の女性も女性であるように、あるいは貧困層の女性もいわゆる世界の一パーセントに属する超富裕層の女性も女性であるように、女性にはトランス女性もそうではない女性 (シスジェンダー女性)も含まれる、ということだ。言い換えれば、ここで主張されているのは、例えば国籍や人種、あるいは経済状況が異なっても女性は女性であるように、生誕時に付与された性別が何であったとしても女性は女性だ、ということになるだろう。だとすると、こうもいえるだろうか。つまり、トランス女性もシスジェンダー女性も同じ女性なのだ、と。ーーー清水晶子「 「同じ女性」ではないことの希望ーフェミニズムとインターセクショナリティ」 『多様性との対話 ダイバーシティ推進が見えなくするもの』青弓社 (2021/3/26)
小児性愛は他のセクシュアリティ同様(2016年5月11日)

若くして東大の教授であり、クィア理論の専門家であり、かつ「トランス女性に対する差別と排除とに反対するフェミニストおよびジェンダー/セクシュアリティ研究者の声明」の呼びかけ人、清水晶子氏の口から、ロリコンやペドフィリアなどをセクシャリティの一つとして容認する考えが提示された。クィアとは変態という意味らしいが、どのような「性加害」も認める理論なのか(未確認)。
「治療」できないというなら、例えば、女を殺すことで性的な興奮を覚える治療不可能なスナッフポルノ愛好家は、実際に「行わなければ」、それを公言してよいということなのか?意味が分からない。小児性愛が「性虐待でなければよい」と言われても、小児性愛は、すべからく性虐待だ。性虐待にならない小児性愛があるのか。「性愛」なのに?クィアの世界は奥が深い。
http://archive.today/2021.05.28-142815/https://twitter.com/akishmz/status/730318449642065921 http://archive.today/2024.09.26-004920/https://x.com/akishmz/status/730319167719497728
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ペドフィリアはセクシュアリティの一つだと思いますし、ペドファイルはその意味ではセクシュアルマイノリティです(2016年9月25日)

東大教授がペドフィリアはセクシュアリティの一種で、「セクシュアルマイノリティ」だという。性被害者の前で、もう一度その台詞が言えるのか?それとも、クィア理論なら、ペドフィリアはマイノリティで肯定されるものなのか?クィア理論が怖い。変態というよりは、性加害理論ではないか?(もしも清水氏が正しいとするならばだが)。学問は奥が深い。
http://archive.today/2016.09.26-135338/https://twitter.com/akishmz/status/779860576805593088
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トランス女性が「女性空間」にいるかもとなった途端に「ペニスを持った性犯罪者の男」をその空間に導き入れ性暴力を容易にさせるenablerとして彼女たちを描き出す、「安全な女性空間」と「危険な男性」を隔てる境界線を脅かす存在として彼女たちを排除する、それがトランスフォビアだからです。(2019年1月11日)

タグ: 清水晶子 学者 トランスフォーブ・トランスヘイター 牽強付会・藁人形論法
http://archive.today/2019.03.08-144912/https://twitter.com/akishmz/status/1083581824725438469
※ 前半、「「男性身体/男性器への根源的恐怖(大意)」は差別でない」が、その「ほとんど非合理な感情」は「フォビア」であり、それを理由に排除を要求すること、「自分の恐怖を緩和するために特定の集団の安全や尊厳を減じることを要求すること」、恐怖を 「口実に第三者が特定の集団にその安全や尊厳を犠牲にするように求める」ことは「フォビックな暴力」である までは、同意しないが筋は通っている。しかし「トランス女性を「受け入れる」かどうかと言う文脈で「男の体が/ペニス怖い」と主張する人たちの全員でなくても多くはペニスへのフォビアがあるわけではなくトランスフォビアなのではないか」以降は、前半が「男性に対するフォビア」の話だったのに、唐突に「トランスフォビア」にすり替わっている。「私は思っています。」と書いている通り、投稿者がそう思っているだけ。男性の女性用エリアの使用に反対する人が、「トランス女性」の女性用エリアの使用にも反対しているのは、トランスジェンダーであるか否かを問わず、《男性》の女性用エリアの使用に反対しているだけで、「トランスフォビア」は無関係。前半の「男性/ペニスへのフォビア」に基づく排除を「フォビックな暴力」と主張するなら、「すべての男性の女性用エリアからの排除」を批判する理由にはなるが、特定の条件を備えた男性である「トランス女性」にだけ、女性用エリアの使用を正当化する理由にはならない。「トランス女性」は「 「ペニスを持った性犯罪者の男」をその空間に導き入れ性暴力を容易にさせるenabler」ではなく、性悪説に基づく防犯対策を容認するならば、《男性》の一員としてその防犯対策に協力を求められている、「利用者として女性用エリアへ立ち入らないこと」を求められている。
[類似]「男性器の付いた存在を無条件で受け入れるべき」 と言うつもりは全くないのですが、「なぜ受け入れ難いのか」 の理由にトランスフォビアが含まれていることには気がついてほしい。フォビアと認めても明日から風呂場が痴漢だらけになるなんてことはないんですから。(2019年1月19日) https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/1768/
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「#トランス女性は女性です のポイントも「トランス女性とシス女性は同じ」ではなく「トランス女性とシス女性は違うがどちらも女性である」です。」 「フェミニズム(の一部)がなぜ、こんなに硬直し、そこから外れた女性を排除するようになってしまったのか」(2019年1月14日)

タグ: 清水晶子 学者 三橋順子 包摂の指図 Trans Inclusive Feminism
https://ghostarchive.org/archive/k7G3z
[類似]お風呂の話もスポーツの話も、トランスとシスは対等、トランス女性とシス女性は平等、という前提に立てば、排除はあり得ないという当たり前の話になるわけ。で、それじゃ問題が起きるというなら、平等の原則を守りつつ問題解決のための必要な施設の変更なりルール改正をやりましょうと。(2019年5月14日) https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/1758/
[類似]女なんだから、他の女と同じ権利が原理的にあるなんてのは、当たり前のことなんだよ(2019年1月8日) https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/1580/
[類似]「シス女性とトランス女性は同じ女性だよね?」というのは「社会的存在としては同じ」という話(2020年2月14日) https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/1571/
[類似]トランス女性は女性であるので、シス女性が利用できるスペースをトランス女性が利用できないというのはトランスジェンダーへの差別構造の表れそのものだ。(...) 事前の話し合いや合意など不要だし、仮にそれで利用を妨害されるなら、実力に訴えても何ら問題ない (2020年5月13日) https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/376/
[類似]「白人女性は白人女性用のトイレを、非白人女性は非白人女性用のトイレを使う」のと同様の、トランス女性の「隔離」(「排除」ではないと主張する)を、日本のフェミニズムは支持・推進するのか? そこらへんをはっきりして欲しい。(2020年3月3日) https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/401/
[類似]トランス女性は女性だ」が意味するのは、例えば外国籍の女性も日本国籍の女性も女性であるように、黒人の女性も白人の女性も女性であるように、あるいは貧困層の女性もいわゆる世界の一パーセントに属する超富裕層の女性も女性であるように、女性にはトランス女性もそうではない女性 (シスジェンダー女性)も含まれる、ということだ。言い換えれば、ここで主張されているのは、例えば国籍や人種、あるいは経済状況が異なっても女性は女性であるように、生誕時に付与された性別が何であったとしても女性は女性だ、ということになるだろう。だとすると、こうもいえるだろうか。つまり、トランス女性もシスジェンダー女性も同じ女性なのだ、と。ーーー清水晶子 https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/search?tag=%E6%B8%85%E6%B0%B4%E6%99%B6%E5%AD%90 「 「同じ女性」ではないことの希望ーフェミニズムとインターセクショナリティ」 『多様性との対話 ダイバーシティ推進が見えなくするもの』青弓社 (2021/3/26)
[類似]トランスジェンダーの女性が存在する事が、まるでトランスジェンダーでない女性の存在を乗っとる暴力的差別であるかのように言う人たちが一部見受けられますが、全くの誤りです。 それぞれに、生い立ちや特徴が異なるだけで、どちらも女性です。 #ジェンダー平等(2025年4月4日) https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/1800/
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ヴァギナを持つ女性に惹かれるのはセクシズムの影響を受けている(2019年3月1日)

http://archive.today/2019.03.02-054021/https://twitter.com/akishmz/status/1101406817471459328
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「女性にはペニスはない」は生物学的事実ではない(2019年3月4日)

タグ: 清水晶子 学者 sexとgenderの恣意的混同 ペニスのある女性
》女性が生物学的事実を述べることは差別ではないとのツイートを目にして、それはその通りなのだけれども、例えば 「女性にはペニスはない」は(「女性」が社会的カテゴリである以上)生物学的事実を述べているわけではないし、ウィメンズマーチでわざわざそれを言う意図や効果は問われるのでは。
http://archive.today/2019.03.05-135206/https://twitter.com/akishmz/status/1102385843216379904
※「 「女性にはペニスはない」は(「女性」が社会的カテゴリーである以上)生物学的事実を述べているわけではない」 ⇒どうにかして「生得的/生物学的男性」を「女性」 にねじ込むための屁理屈。 「女性」とは「生得的/生物学的女性」のことであり、生物学的事実を述べている。「トランス女性」≒トランス自認男性・女性自認男性・女装男性は男性であり、「女性」ではない。「生得的/生物学的女性」と「トランス女性」≒トランス自認男性・女性自認男性・女装男性は同じ「社会的カテゴリー」に属してはいない。https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/1571/ ※「女性にはペニスはない」。男性は、「女装」しても、現在男性性と関連付けられる傾向にある外見・社会的態度・規範に忌避感を持ち、女性性と関連付けられる傾向にある外見・社会的態度・規範との一体化を希求し、実際に試みを続けていても、また性別適合手術を受け男性器を切除しても、性別は変えることができず、男性は女性になれない。しかし、男性には、現在女性性と関連付けられる傾向にある外見・社会的態度・規範を選択して暮らし、一般的なTPOに反しない限りとやかく言われない権利がある。本人が必要とするなら性別適合手術を受ける権利があり、性別に基づいて対処されるべき場面 (医療・スポーツ、男女に分離して運営することに社会的合意が成立している場面) 以外では、本人が本人の利益のために自分から話さない限り、性別を含め身体性に関するプライバシーを侵害されない権利がある。
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性別化された公的空間へのアクセスはまた別に個別の議論が必要。例えば女性用トイレについて私自身は、シス女性、トランス女性、広義のトランスの一部(性自認は女性ではないが日常生活上の性表現はどちらかと言えば女性寄りである人々など)、トランス男性の一部は、使用可能であるべきと考える。(2019年3月19日)

タグ: 清水晶子 女性スペース 当事者の定義 ジェンダーで区切られた空間
トランスジェンダーなりトランス女性なりの定義をしたところで、様々な公的空間へのアクセスの権利が誰にあるのか、誰がアクセス可能なのか、その定義を使えば機械的に決まる、というわけではないのだけれど、そこが共有されていないのではという気はする。/ 個人的には、TGは、狭義には「誕生時に付与された性別と性自認が一致しない人、および/または、その性別と異なるジェンダー表現で日常生活を送る人」を指し、少し広く取れば伝統的なジェンダー区分にはうまく当てはまらない性自認や性表現をする人も含まれる、というのが一般的用法と理解している。/ →さらに広義には、ドラァグ・クィーン/キング、異性装者、一部のブッチ・レズビアン(日本で言えば「おネェ系」と呼ばれる人々の一部)などもTGに含まれることがある。TGの中には、身体変容を伴うトランジションを望む人もいるが、希望する/実現可能なトランジションの程度は、個別に多様。/ →トランス女性(男性)は、性自認または日常生活上の性表現が生まれた時に与えられた性別と一致しない人のうち、女性(男性)としての性自認をもつ/日常生活を送る人を指すことが多い。ただし、トランス*(広義のTG)の人々が、必ずしもトランス女性かトランス男性かに二分されるわけではない。/ →性別化された公的空間へのアクセスはまた別に個別の議論が必要。例えば女性用トイレについて私自身は、シス女性、トランス女性、広義のトランスの一部(性自認は女性ではないが日常生活上の性表現はどちらかと言えば女性寄りである人々など)、トランス男性の一部は、使用可能であるべきと考える。/ →この考えだと、女性トイレ利用者が男性トイレ利用者より多くなると予想される。そこには確実にジェンダー不平等と性的暴力の問題があるけれど、それには、一部の人を男性トイレに追いやることではなく、女子トイレや誰でもトイレの増設拡大と反性暴力の働きかけとの両面を通じて、対処するべき。
http://archive.today/2019.07.20-163127/https://twitter.com/akishmz/status/1107881744911327232
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「女とみなされる身体 (sex) を持って生まれてきたからといって、社会的に女とみなされるようなふるまいをする (gender) ように運命付けられているのではない」 vs 「女性であること(gender)は、雌の身体(sex)が果たすべきと考えられている機能に還元されない」(2019年4月3日)

タグ: 清水晶子 Trans Inclusive Feminism
http://archive.today/2019.04.05-175203/https://twitter.com/akishmz/status/1113607297949810688
[関連]「伝統的な女らしさや男らしさという意味での gender の強化」という文言を目にしたのですが、毎年入門授業の初回で説明するように、ジェンダーというのは「男らしさ」とか「女らしさ」のことではありません。そう誤解しちゃうと色々間違えてしまうので、学生さんは気をつけてね。(2020年10月26日) https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/1796/
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男性は大変だけれど「女の子だから戦争行かなくていい」から女装したら自由だとか、個人がそう感じるのは勝手でもそのまま一般論に持っていける話じゃないでしょう。戸籍上の性別変更の手術要件は撤廃すべきだけれどそれは法律が「変態」だからじゃないし、そこで「変態」を罵倒語に使ってどうするの?(2019年7月11日)

小野美由紀「東大教授・安冨歩はなぜ「男装」をやめたか〜女性装をしてみたら、私と世界はこう変わった―「ありのままの自分」で生きる技法」2016年01月29日[https://gendai.media/articles/-/47518]
別のツイートで、特例法について「日本の法律は、変態です」と述べている。⇒https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/531/
http://archive.today/2019.07.17-140045/https://twitter.com/akishmz/status/1149324336471269376
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「ちんこ股に挟んで女湯に入ると言ってるトランス女性がいる」というような「不安」の表明のどこに問題があるのかについては『思想』3月号の清水さんの論考「埋没した棘」を。(2020年6月12日)

清水晶子「埋没した棘 : 現れないかもしれない複数性のクィア・ポリティクスのために」『思想』2020年3月号、岩波書店[https://cir.nii.ac.jp/crid/1523388080214534656]
[関連]あたしとか、チンコまたにはさんで、「ちーっす」とかいって、女風呂はいってんのやけど、意識が低すぎ?あと、急いでいるときのトイレは男(2012年11月11日) https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/24/
*尾崎日菜子「埋没したものを掘り起こす : 千田有紀さんとの濃厚接触の果ての断片、または、これからも接触を続けるための手紙」 『F visions No.1』 アジア女性資料センター (2020/06/22) https://www.ajwrc.org/3918 ⇒Moja Note「尾崎日菜子氏による『寄稿文』への感想と、アジア女性資料センターへの苦情。」note (2020年7月2日) https://note.com/mojamojappa/n/nda4ab38e2264
* 「その彫刻刀を握る手は:彫刻された棘と「棘」のある諸身体」夜のそら:Aセク情報室 (2020年8月23日) https://note.com/asexualnight/n/n737267637290
*Moja Note「清水晶子氏著『埋没した棘』の読書感想文」note (2020年7月13日) https://note.com/mojamojappa/n/n85bf4dd885e9
*千田有紀「フェミニズム、ジェンダー論における差異の政治-平等から多様性へ」社会学評論 288号 (2022年4月) https://cir.nii.ac.jp/crid/1520010707378050048 ⇒https://ghostarchive.org/archive/g2WeU https://ghostarchive.org/archive/upVWU https://ghostarchive.org/archive/tltRb
* 千石杏香「9.清水晶子「埋没した棘」を読んで。」 『「LGBT」というレッテルを貼られて。』 (2022年5月11日) https://kakuyomu.jp/works/16816927860040342257/episodes/16816927862806413606
*「 「ジェンダー論」の文献は難しすぎる(清水晶子先生の場合)→あきらめ」江口某の不如意研究室 (2022/07/27) https://yonosuke.net/eguchi/2022/07/27/15642
*Erin「リメンバー埋没した棘 (28 Feb 2023)」spotify (2023年9月30日) https://creators.spotify.com/pod/show/erinadinfinitum/episodes/28-Feb-2023-e29vh2s/a-aadug92
*森奈津子「LGBTのダークサイドを語る〈3〉チンコは股にはさめば女湯OK!」デジタル鹿砦社通信 (2023年6月19日) https://www.rokusaisha.com/wp/?p=46978
*Gwen「もし他称TERFが『埋没した棘』を読んだら」note (2023年11月8日) https://note.com/000gwen/n/nd2d09053cc18
[関連]当事者が〈安全に入浴する〉ニーズと個別事情は無視し、 デマを鵜呑みにし〈恐怖煽動〉に加担して「埋没した棘」などと〈危険因子〉扱いし、 わざわざ「◯◯と一緒には女湯に入れない」と主張し続ける事が〈差別煽動〉だと散々指摘され批判されているのに、 いまだに〈被害者面〉ですか?(2023年12月18日) https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/936/
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