TERFの方にも上記のマインドを感じます。「女」という枠組みに縋っているように見える。その苦しさはどこかでケアされるべきかもしれないが、それをトランスジェンダー当事者に責任転嫁するのは違います。(2026年1月2日)
(2026年1月3日 12:50:27)
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※総じて「be kind」の呼びかけ。 ※「銭湯や温泉は個人の所有物ではなく、公共施設ですよ。」 ⇒引用元は、「恋人や家族と混浴するのと、赤の他人と混浴するのは違う」ので、公共施設で赤の他人、見知らぬ男性に裸を見られることを受忍させられるべきではないという主旨だが、投稿者はそれに「銭湯や温泉は個人の所有物ではなく、公共施設ですよ。」と応えている。要は「公共施設なので」我慢しろ、受忍しろと言いたいのだと思われる。通常の社会生活で、お互いに関係を築く労力を払った相手か、親しい親族としか共有しない状況を、見知らぬ異性と共有をされられるのは明らかに過大な負担であり、公共のルールとして不適切である。投稿者は男性の都合のために、女性に不当な自己犠牲を要求している。 ※「仮にそこでシスジェンダー女性の人権が優先され、トランスジェンダー女性の人権を犠牲にするという結論に至ったとしても、シスジェンダー女性はそのことに罪悪感を抱くべきです。」 ⇒現時点では男女に分離した施設運営を容認するならば、「トランス女性」≒トランス自認男性・女性自認男性・女装男性と比較されるべきなのは、「トランスジェンダーではない男性」であって、「シスジェンダー女性」ではない。「トランス女性」≒トランス自認男性・女性自認男性・女装男性は、トランスジェンダーであるがゆえに男女に分離した施設運営における男性用の同性のみの空間を安心して利用できる状態にないという認識は妥当であると思われ、当事者の置かれた状況に共感・同情し、制度による対応を求めることは、「社会で共に生きている」市民として、性別を問わず自然な態度である。しかし投稿者は「シスジェンダー女性はそのことに罪悪感を抱くべき」と、女性にのみ過剰な自責を要求している。「「トランス女性」≒トランス自認男性・女性自認男性・女装男性は、トランスジェンダーであるがゆえに男女に分離した施設運営における男性用の同性のみの空間を安心して利用できる状態にない」ことは、女性の責任ではなく、罪悪感を抱く理由はない。投稿者には、他の女性に自己犠牲による受忍を要求する資格はない。 ※「トランスジェンダー女性がシスジェンダー男性と一緒にお風呂に入ることの大変さには目を向けないのですか?」 ⇒引用元では第三スペース・混浴施設・貸切施設が提案されているが、投稿者は依然として女性に対してのみGuilt trip https://en.wikipedia.org/wiki/Guilt_trip による自己犠牲を要求し続けている。投稿者にとっては、女性が見知らぬ男性に裸を見られ、通常の社会生活ではありえない状況に置かれる心理的負荷や苦痛はどうでもいいらしい。 ※「シス女性とトランス女性を分けるべきという意見イコール差別ではないと思う。」「丁寧に議論を積み重ねるべき場面で堂々と差別をしていては、議論も議論にならない」「トランスジェンダー女性を身体男性と呼んで人権侵害することと、慎重な議論を呼びかけることは全く違う行動」 ⇒①特定の場面での男女に分離した施設運営を容認するのか ②「トランス女性」は女性なのか男性なのか ➂別の属性を犠牲にせずに当事者の自由・社会的機会・安全・プライバシーおよびバウンダリーをどのように保障するか、という三つの論点が考えられる。議論の過程で②、当事者の性別に言及せずに済ませることは不可能であり、議論の過程で当事者の性別に言及することは人権侵害ではない。投稿者は一貫して「女が黙って耐えれば丸く収まる」としか言っておらず、侍女としての恭順さが気の毒になる。 (2026年1月4日 15:07:01)
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