性別の多様性、非二元性を「イデオロギー」だと言うなら、「性別は2つしかない」という性別二元論もまたイデオロギーでしかないでしょう。しかも非現実的な。(2025年1月21日)

(2025年1月22日 12:41:15)
http://archive.today/2025.01.22-005847/https://x.com/Tsuyoshi_Shoji/status/1881609093519122916 引用 https://x.com/search?q=url%3A1881609093519122916&src=typed_query ◇ http://archive.today/2025.01.23-041357/https://x.com/Tsuyoshi_Shoji/status/1881738315919241233 引用 https://x.com/search?q=url%3A1881738315919241233&src=typed_query (2025年1月22日 12:41:15)
[関連]残酷極まる大統領令。「女性をジェンダー過激思想から守り連邦政府に生物学的真実を復活」と銘打つが、生物学的真実とは本来は生物学的多様性を指す。男女二元論でトランス女子を男子に分類したらどうなるか。トランス女性服役者を男性房に入れたらどうなるか、殺されるぞ。(2025年1月21日) https://womaniswoman.whoa.jp/db/w_trans/dbv/pict/1741/ (2025年1月22日 12:42:23)
※「性別の多様性、非二元性を「イデオロギー」だと言うなら」 ⇒おそらく性別とジェンダーを混同している。「ジェンダーの多様性≒性自認やジェンダー表現の多様性、非二元性を「イデオロギー」だと言うなら」 なら意味が通る。 ※「 「性別は2つしかない」という性別二元論もまたイデオロギーでしかない」 ⇒「 「性別は2つしかない」という性別二元論」は、異形配偶子による有性生殖を行う生物種において共通する特徴、科学的知見であり、イデオロギーではない。「性別の多様性」と言えるとすれば、生殖器官の配置の多様性 (雌雄同体・雌雄異体)、性決定の多様性 (環境要因・遺伝的要因)、性役割の多様性 (競争・求愛は定義上オスの特質ではない。同様に育児も定義上メスの特質ではない https://yonosuke.net/eguchi/archives/16745 )、性分化による多様性 (女性にも男性にも生まれつき様々な体の状態がある https://www.nexdsd.com/dsd ) であって、大きな配偶子を産生する内性器と小さな配偶子を産生する内性器という異形配偶子による有性生殖における二元性が、生物種によってどのように現れているかという話で、大きな配偶子を産生する個体をメス female、小さな配偶子を産生する個体をオス maleと呼ぶという性別の定義自体は共通している。人間は雌雄異体の生物種であり、個体発生後に性転換しないので、人間の性別において、生殖器官の配置の多様性・性決定の多様性は無関係。大きな配偶子を産生するように発達した人間が「女性 female/woman」、小さな配偶子を産生するように発達した人間が「男性 male/man」という性別二元論は現在の科学的知見において妥当。「非現実的」なところは全くない。二つの配偶子に基づく性別を「非二元性」と表現することこそが「非現実的」。 ※前半がイデオロギーなら後半もイデオロギーという形で類比によって否定しようとしているが、前半「性別の多様性、非二元性を「イデオロギー」だと言うなら」の「性別」はおそらくジェンダーあるいは性自認・ジェンダー表現のこと、後半の「 「性別は2つしかない」という性別二元論」の「性別」は生物学的性別のことなので、それぞれ異なるものを名指しているために類比が成立しておらず、失敗している。 (2025年1月22日 13:32:34)
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